書くこと、読むこと(その快楽)

松浦理英子『ヒカリ文集』(講談社, 2022)


※ネタバレあり


『最愛の子ども』の「舞台」というテーマを引き受けながら、七色の光彩を放つヒカリは演者以上に女優らしい。ところどころ「犬」の比喩が散見され、犬好きの著者はもちろん、『犬身』への目配せかと口角がゆるむが、ところでヒカリの甘やかな優しさと冷たさは猫に近いのではないか。亡き悠高のテクストに触発される形で「文集」は虚実入り混じりながら、快楽と悲哀の記憶をなぞっていくが、そこにあるのは「私たち全員の記憶が寄り集まってやわらかく温かく芯に熱をはらんだ光」(12)というイメージであり、冒頭で提示されるこの「予感」は、終わりには確信に変わる。『マノン・レスコー』を下敷きにしながら(また古今東西のテクストが自在に編まれることもこの作品の快楽的魅力であることは間違いない)、マノンの悲劇性というよりはむしろ快楽の喜びを言祝ぐことは、ヒカリと共に過ごした夢の甘さを思い出すこととパラレルであり、また他人の記憶に触れること、つまり書くことも読むことも快楽に裏打ちされている。ヒカリの闇に気付きながら「触れない」こともまた優しさだ。いつまでも思い出の甘美さに浸ることなく、ヒカリを追いかけ続けたものが最後にヒカリを追い越すことが示唆されるラストが何ともいえない、そこはかとない寂寥とやはりほのかに灯り出した希望を感じた。