「 早く知ってほしい」 「何を?」「 絶望を」

「駅はこっちでーす」と華やいだ声で先導するリクルートスーツの女の子は齧歯類の愛おしさを振りまいている。がやがや談笑の輪が改札前に広がっている。

 

「こっちでーす」だってよ、カワいいねー、と横切る殿方たちのはにかみ。どこか心もとないステップで車両を移動するのもやはりリクルートスーツ。

 

月末月初で剥き出しの神経に突き刺さる高揚感華々しさ希望――殺意――そそくさと俯いてはしたない罵詈雑言を噛み締めながら、車窓に憂鬱を溶かしていく。大丈夫、ショーペンハウアーによれば「憂鬱は知性の優位」だから、世界への鋭い感性の証だから大丈夫。

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死ね。

 

「新入り」を嘲笑う日本の風潮はグロテスクである、といつかのTwitterでバズっていたのを思い出したが、新入りを新入りたらしめる画一性=規律のグロテスクというのは当然あるし、リクルートスーツというのは僕から見れば異様なスティグマである。

 

服装が嫌でも示してしまう社会的コノテーションとそれを安易に読み取ってしまう僕のグロテスクというのはあるが、往々にして新卒というの群れるものだし、群れているときの視野狭窄ったら端から見ればかなり厳しいものだ。故に改札前のナチュラルなバリケードへ中指を立ててやっても、観念の火炎瓶を投げてやっても概ね差し支えないだろう。剰え齧歯類にゃんが2年目の甘ったるい余裕を醸し出すツアー観光へ苦虫を噛み潰すのは、黄疸ソウルジェムの10年目からすれば至極当たり前。大人げない。

 

三角みづ紀の『オウバアキル』か『カナシヤル』だったと思うけど、子供に早く絶望を知ってほしいという一節があって、異様に暗くて好きだが、濁り出してからが「象徴界」入りなんだと思っていて、摩擦なくどこまでも滑っていける人たち(無論僕もそうだった)へ、早く絶望を知ってほしいと偏屈を押し殺している。